ボロ雑巾になって捨てられる社畜たち

ec_2016-0519

終身雇用制度の崩壊とともに、会社への忠誠心や帰属意識というものを、経営者は労働者に求めることが出来なくなった。

その変わりに企業は安い賃金で必要な場所に必要な分だけ人員を補充し、その人間が壊れればすぐにスペアを補填できる「非正規雇用システム」を国から与えられたのだ。

いくらでも代わりがきく「消耗品」としての人員をどのように割り当てするかという雇用の流動性、すなわちワークシェアリングを他社と共有して如何に事業に活用できるかを現代経営では考えなければならない。

手厚い保障で企業が社員を大切に教育し、戦力化してきた人事教育システムは前世紀ですでに終焉を迎えたと思ってよい。

企業が要求するレベルを社員がこなせないのであれば教育に時間をかけるのではなく、出来る人間を外部から調達したほうがそこに費やす労力や人件費など、企業にもたらす費用対効果は遥かに大きいはずだ。

顧客要求や社会変革のスピードアップが一段と求められる21世紀型社会において「社員が戦力に育つまで待つ」と悠長なことに構っている暇などないはずである。

現代はスタッフの心を企業がコントロールして成果を上げる「会社人間」、いわゆる個としての「社畜」がもたらす著しい成果を期待する時代ではない。

よく言われることであるが「零細ブラックは名ばかり管理職になった時点で終わり」これは正しい。比較的高いサラリーは「プライベートすべてを会社に捧げろ」という無言の圧力と脅迫に何ら変わりないのだ。

この情報化社会において真面目に滅私奉公しても得られる成果はたかが知れてるし、リスクを背負わされる分だけ自分が馬鹿を見るという顛末を労働者はとっくに看破している。

いずれにせよ馬車馬のように気力の続く限り身体に鞭打って働く、そしてそれが報われるという甘い幻想を国は改めさせるべきだし、企業もハナから期待してはならないんだよ。

社員も限界まで我慢して辞めるから辞めた後が予後不良になってしまい、人生すべてが手遅れになることをもっと強く自覚しなければダメなんだ。

会社だって気軽に辞めれるようになればこのような雇用環境は徐々に変わる、例えばモノを変えるよう簡単に職場だって変えられるシステムを構築したって良いと思う。

ブラック企業だってそこで働くスタッフがいなければ事業が立ち行かなくなり潰れてしまう、つまりそこがブラック企業だとわかっていながら働いてしまうことがなによりの問題なのだ。

「社員なんか掃いて捨てるほどいる!」「お前の変わりなんかどこにでもいる!」と高圧的な態度に出ても構わないが、やらせてる仕事が単純作業の反復なのだから、そのうち誰も応募して来なくなるだろうがね。

戦後復興期に「所得倍増計画」を掲げていた時代、国民は皆貧乏だったが目に見える目標が有るから生活はそれほど辛くはなかったはずだ。

いまの日本は他国を見下せるほど立派な国ではないし、このようなことが延々と続くのならば日本の企業はそして国力は衰退していくだけだろう。

記事:http://news.yahoo.co.jp/feature/188
出典:http://news.yahoo.co.jp/

TAKEMOTO, Toshio
TAKEMOTO, Toshio

わたしはPsychopathでありAlcoholismと戦っています

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